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2017-08-29

貝原益軒の『養生訓』から知る健康法 (3)


 


長寿の秘訣は心の養生(鍛錬)にある


『養生訓』が当時の江戸の人々を虜にし、今でも読み継がれている理由は、

貝原益軒が84歳まで生きたという説得力と、その身体の健康法が現代にも通じる人間の健康学の基本であること、なにより内容がわかりやすいということがあげられます。ですが、もう一つ『養生訓』には大切な教えが含まれています。

それは、貝原益軒が身体の健康の維持増進を説くための最高の秘訣として、「道徳心」を盛り込んだということです。「道徳心」というと難しく聞こえる方もいるかもしれませんが、貝原益軒は人間として長生きをしたければ、人間として当たり前に持つ道徳心を持ちなさいといったのです。

具体的な例としてあげると、貝原益軒が『養生訓』のなかで長寿をまっとうするために必要であると説いた『四項』『四寡』『四要』があります。

まず『四項』とは、「欲望を少なくする」「外からの刺激を防ぐ」「時々体を動かす」「みだりに寝ない(横にならない)」という四つの基本原則をいいます。次の『四寡』とは、「思いを少なくし神(心)を養う」「欲を少なくして精を養う」「飲食を少なくして胃を養う」「言を少なくして気を養う」ことをいいます。そして最後の『四要』は、「怒らない」「心配しない」「口数を少なくする」「欲くを出さない」をいいます。

どうでしょうか。

貝原益軒の『四項』『四寡』『四要』の教えは今でも通じる教えで、尚且つこれほど的を射ている健康法もないかもしれません。

精神と身体の密接な関係

現代に生きる私たちは、どうしても健康といえばすぐにサプリメントをはじめとした薬や早期発見のために病院へ行き人間ドックを行うといった身体を中心とした現代医学に頼ろうとします。ですが、身体と精神は密接に繋がっていて無視することはできません。

そのうえ、なんども言いますが貝原益軒は、医療も衛生も予防接種だってなかった時代に生きた人です。(因みに日本ではじめての予防接種がおこなわれたのは、1849年(嘉永2年)緒方洪庵たちが天然痘の種痘をしたときだといわれています)

今以上に自分の身体の健康は自分で守らなければならなかった時代でした。そんな時代にあって貝原益軒は小手先の身体の健康法ではなく、まず身体の健康を害する要因となるストレスを貯めないために『心を鍛え』平安に毎日を過ごしましょうと説いたのです。

ここが『養生訓』がただの「健康本」とは違う、奥の深い本である所以です。

私は今の日本は、戦後のモノのなかった「失」の時代から、バブル期の「飽」の時代を経て、それが一夜にして泡と消え長引く不況に人心が不安に陥った「不」の時代が終わり、その先の「分」の時代になりつつあると考えています――あと数年もしないうちに一昔前のように多くの物質を欲しがったり、ありもしない安定安心を夢みて不安を覚えるような時代は去るのではないでしょうか――

 

分度とはなにか

「分」の時代というのは、例えば二宮尊徳は「分度」(分限度合とも)を知ることを唱えました。これは簡単にいえば、経済面での自分の実力を知り、それに応じた生活の限度を定めて生活をしなさいということです。

また、老子も「知足」という言葉で「足るを知る者は富む」といい、己の分相応をわきまえて、それ以上高望みをしなければ心が平穏になれると説きました。(富むというのは金銭的に豊かになるということではなく、心が富むということです)さらに老荘思想とは対極にある思想である孔子の唱えた儒教(武士道も同じです)でさえ「知足安分」(足ることを知って分に安んじる)に努めなさいと教えています。

向上心と欲望はべつのもの

これらすべてが語っているのは、欲望を抑制し、コントロールするための「自律心(自制心)」を養いなさいということです。

欲望とは、不足や不安を感じて、これを満たすために欲しがり望む心です。

人間ですから欲望をすべて無くすことはお釈迦様やキリストのような宗教家にでもならない限り不可能です。それに欲望がまったく無い社会は一見平和に見えるかもしれませんが、人間としての発展がなく停滞し、それはいつか怠惰となる危険性をもっています。

その一方で、欲望のままに生きれば人はどうなるのか。

これは高度成長を経てバブルに突入して浮かれ、それが崩壊した途端に怯え苦しんだ日本の歴史を振り返ればわかることではないでしょうか。

色々な御意見があるかもしれませんが、私はこうした時代の日本および日本人の姿が幸せだったとは考えていません。そうしたことを考えると、これからの「分」の時代というのは、欲望を必要なときに必要な「分」だけ使うという分相応の発想と、欲しがり過ぎず、かと言って不足を不安だと感じることもない自己コントロール(自律心)をもっていなければならないということになります

なかなか難しいことですが、貝原益軒は次のようにも言っています。

「自分が裕福になれなくても、人が我儘をいって道理に従わなくても、世の中というものはそんなものだと思って、天命として憂い、悩んではいけない。つねに楽しんで日を送りなさい。恨んだり、怒ったり、体の不自由をなげいて心を苦しめ、楽しまないで、はかなく年月を過ごすことほどもったいない。限りある年月を1日たりとも楽しまないで過ごすことほど愚かなことはない。どんなに貧しくても、不幸なことに飢えて死んだとしても、死が訪れるまで人間は楽しみながら過ごすべきなのだ」

(『養生訓』巻八・十五条 ※『「日本人の名著」を読む』著・岬龍一郎を参考にし、筆者要訳)

死が訪れるまで徹底的に人生を楽しめといっているのです。これを思想家で日本初のヨーガ行者でもあった中村天風は、もっと簡単に次のように述べています。

「今日一日、怒らず、恐れず、悲しまず、正直、親切、愉快に生きよと。

(『中村天風 心を鍛える言葉』岬龍一郎より掲載)

ストレスが健康を害することは既に周知の事実となっていますが、そもそもストレスというのはどこから来るのでしょうか。多くの方々は、自分の身体の外からくる外圧だと考えるでしょう。ですが貝原益軒は、ストレスを感じるのは自分自身であり、それに負けない心を養うことが身体を健康にする最初の一歩だと説いたのです。

 

 


貝原益軒エピソード

最後に徹底して人生を楽しむために過ごした貝原益軒のエピソードをご紹介して終えたいと思います。ある時、貝原益軒のもとで働く下僕が庭でふざけて相撲をとっていました。すると貝原益軒が大切に育てていた牡丹を折ってしまいました。

下僕が怒られると怯えていると「私が牡丹を育てているのは楽しむためで、誰かを怒るためではないよ」と笑ったといいます。

ここに、私は養生を研究し尽くした貝原益軒が到達した境地を見る思いがするのです。

 

参考書籍

『養生訓』岩波文庫
『「日本人の名著」を読む』著・岬龍一郎
『中村天風 心を鍛える言葉』岬龍一郎

 


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