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2017-10-03

慶応義塾大学、創設者の師匠は誰でしょうか?



慶應大学創始者、福沢諭吉


東京は港区三田にある慶応義塾大学の創設者は、
一万円札の肖像画でも有名な福沢諭吉であるということを
多くの人がご存じだと思います。

キャンパス

では、若かりし頃の福沢諭吉に学問を授けた福沢諭吉の師匠は
だれでしょうか?

答えは、コレラ治療で有名な緒方洪庵(おがたこうあん)です。

緒方洪庵は、大坂は船場に「適塾」
(正式名称は、適々斎塾[てきてきさいじゅく])という
蘭学や医術を学ぶ私塾を開きました。
「適塾」の名の由来は緒方洪庵が名乗った「適々斎」という号が由来です。

激動の幕末明治維新に身をささげた志士たちを育てた教育者としては、
長州藩の吉田松陰とならんで緒方洪庵が二大巨頭といっても
過言ではないかもしれません。

適塾から輩出された偉人


後でも詳しくお話しをしますが、「適塾」で学んだ緒方洪庵の弟子は、
先の福沢諭吉をはじめ、戊辰戦争で官軍を指揮して活躍し、
「日本陸軍の祖」ともいわれ、現在、東京都千代田区九段北にある
靖国神社に銅像もある大村益次郎(大村益次郎はもともと長州藩の医者でした)。

その英知を絶賛されながら安政の大獄で処刑されてしまった
橋本左内(越前福井藩出身)、
戊辰戦争のときは榎本武揚や土方歳三らとともに函館の五稜郭で戦った
大鳥圭介(播州赤穂出身)。

「手洗いうがい」といった日本人なら誰もが普通におこなっている
衛生の普及に尽力し、Hygieneを「衛生」という言葉に翻訳した肥前国大村藩出身の
長与専斎(ながよ せんさい)、
日本赤十字社を創立した
佐野常民(さの つねたみ)。

手塚治虫の曽祖父も適塾の出身者


さらには『鉄腕アトム』や『ブラックジャック』でおなじみの
漫画の神様・手塚治虫の曽祖父である手塚良仙(りょうせん)も「適塾」で学びました。

手塚治虫は、この曽祖父のことを『ひだまりの樹』という作品の中で描いてもいます。

この他にも多くの門弟を緒方洪庵は育てましたが、
吉田松陰の「松下村塾」でおこなわれた教育が思想教育であったのに対して、
緒方洪庵の「適塾」は洪庵自らが蘭学をまなんだ蘭方医でしたので、
オランダ語で書かれた医学書の翻訳をはじめとした蘭学を軸にした
実学教育を門弟たちにほどこしました。

ですので、おのずとで弟子たちも、松陰の門弟たちの多くが国家を支える
政治家となりましたが、「適塾」に入門した弟子たちは医学界を中心に活躍してきました。

それでは次回は、さらに詳しく緒方洪庵についてお話しをさせていただきたいと思います。

※この記事の参考書籍

『教師の哲学』著・岬龍一郎

『聴診器―私のようこそ、ようこそ』著・馬場茂明

『新訂 福翁自伝』岩波文庫


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